残暑も大雨も収まり、秋が近いこの頃です。
今回は東京都渋谷公園通りギャラリーの「サイレントトーク(筆談)鑑賞ツアー」についてお話します。
東京都渋谷公園通りギャラリーは、アートを通してダイバーシティの理解促進や包容力のある共生社会の実現に寄与するために、アール・ブリュット等をはじめとするさまざまな作品を展示することで、一人ひとりの多様な創造性や新たな価値観に人々が触れる機会を創出しています。
そのギャラリーで9月26日まで開催中のアール・ブリュット展「アンフレームド 創造は無限を羽ばたいてゆく」に関連して、8月29日に鑑賞プログラム「サイレントトーク(筆談)鑑賞ツアー」(※) が行われ、筆者も参加させて頂きました。オンラインによるギャラリートークや対話型鑑賞が増えていく中で、今回は実際に作品の前で筆談で対話型鑑賞を楽しむプログラムです。
https://inclusion-art.jp/archive/event/2021/20210829-103.html
(※) 今回のサイレントトークは当ギャラリーより受託された、一般社団法人タップタップラボの企画、運営によるものです。
まず参加者3名(1回あたり)はA4ほどのiPadを借用し、タッチペンと筆談アプリで筆談して参加者たちやファシリテーターに見せます。一方、ファシリテーターも手持ちのiPadに予め用意しておいた説明用フリップや質問をスライドさせながら参加者たちに示します。ちなみにそのiPadにはゴムバンドがついていて、左手にiPadをしっかりと固定してくれるのでタッチペンで筆談しやすいです。
もちろん、参加者たちもファシリテーターも一切無言です。その代わり、同感や同意を表現する時は親指を立てて「いいね」ポーズを、質問したい時は挙手、の2つの動作を求められます。
最初に、簡単な自己紹介をiPadに書き込むことで、アイスブレイク(初対面の緊張を解きほぐすこと)を兼ねてiPadの使用に慣れることからスタートします。
本番では、出展作品より3点の作品が鑑賞の対象になり、各々についてじっくり鑑賞のタイムを経て、ファシリテーターが質問を示します。その質問も対話型鑑賞にありきたりな「何が見えるか?」「どう思うか?」と漠然とした質問ではなく、各々の作品の特性に一歩ずつ近づいていくような具体的な質問になっています。例えば「この絵の中で気になるところを指差して教えて下さい。」→「住むとしたらどの部屋に住みたい?」→「線路はどこにつながってる?」というように、着眼点を絞りつつ対話を進めていきます。なお、その際の回答には必ず理由を明記するように求められます。発言内容は自由ですが、その発言の根拠を明確にすることでメリハリのある対話になっているように感じました。
3名の視点や感想は、時には偶然全員が一致することもありましたが、各々の違いが作品の鑑賞の幅を広げてくれ、新たな印象や気づきが出てくることもまた楽しいです。
iPadを使っての筆談による対話型鑑賞が、音声、手話などによる対話型鑑賞と比較してあげられるメリットについて考えてみました。
1-簡潔な筆談
太いタッチペンにより文字を小さく細かく書き込めないことから、参加者たちはiPadには簡潔に筆談する傾向が強いです。その結果、互いに短くも分かりやすいメッセージを発信しあうばかりでなく、ソーシャルディスタンスでも見えやすい文字で筆談のやり取りも可能です。
2-簡単な操作
筆談アプリのシンプルな操作によって書き込みを一瞬で消せる手軽さのおかげで、通常の筆談よりも対話がテンポよくはかどるメリットがあります。
3-暗いところでも筆談が見える
今回の展覧会では暗いところはありませんでしたが、iPadの光る液晶画面により、暗いところ、例えばインスタレーション作品の展示室や照明を落としている展示室でもiPadを活用して筆談が行えます。
4ーいつでも筆談可能により、発言の機会を取り逃すことはない。
音声や手話による対話型鑑賞では、1人の発言中には他者は発言できないばかりか、たまたま同じ内容の発言も憚れるので、発言の機会をみすみす逃してしまうことがしばしばあります。その点、iPadによる筆談では他者の発言中やタイムラグの間に自分のiPadに書き込むことも可能であるために、誰もが発言の機会を取り逃すことはありません。
5-しばらく残る筆談
発信してしまえばすぐに消え去る音声や手話と違ってiPadを消去しない限り、画面に筆談が残ることが、参加者の対話をつなぎやすくしてくれます。
以上のメリットは、当然、聞こえない人、聞こえる人が混在する対話を可能たらしめるのみならず、コロナ禍で音声による会話の自粛が求められるミュージアム内での対話型鑑賞にもとても効果的であるとも考えます。