みなさま、こんにちは。手話マップです。
梅雨シーズンの最中、みなさまにはお変わりありませんか?
今回は東京都庭園美術館、そして庭園美術館で参加したワークショップについてお話しします。
庭園美術館の正門でチケットを購入して、左側に庭園、右側に隣の国立科学博物館付属自然教育園、両側の緑豊かな大樹に挟まれた道を歩んでいくと、都心とは思えない静寂感の中にがっしりした建物(本館)が現れます。本館の中に入ると昭和初期にタイムスリップしたような錯覚を覚えます。皇族のお住まいとして建築された建物をそのまま美術館として活用する、日本では数少ない邸宅美術館の1つです。着工当時の最先端デザイン、アールデコ様式で設計され、壁画、シャンデリア、暖炉の透かしに至る内装の全てが当時の内外の一流アーティストの手によるものであり、建物全体が芸術作品と言えます。
ここで開催される展覧会は、ガラス工芸やファッションなどの装飾関係や1900年代前半のアートシーンに触れるものが多く、それらの展覧会を90年前から変わらぬ空間や雰囲気の中で鑑賞する感覚が、他美術館のホワイトキューブでの展覧会とは一味も二味も違う臨場感でたまりません。
それから庭園美術館には、他美術館にないものがもう1つあります。本館の入館受付を通って右側のロッカー室の隣の「ウェルカムルーム」です。他美術館では、キッズルーム、レクチャールーム、ライブラリーなどがあったりしますが、庭園美術館の「ウェルカムルーム」はどれにもあてはまらない、むしろそれらを超えて個々人が自主的に学ぶ場として機能しています。
実際に行ってみると誰もが入りやすい、明るい空間の部屋に、本棚やタブレットなど様々な学習ツールがあります。その中でメインが「さわる小さな美術館」です。
画像をご覧頂ければわかりますように、テーブルの上に庭園美術館の間取図に各々の部屋をイメージできる素材、例えば大理石、漆、木材などをはめて、触れるマップにしたものです。が、決して視覚障害者のための触知図ではありません。そこには文字による名称、説明は最低限に抑えられているので、日本語を読めない人でも幼児でも触っては庭園美術館の概要を学べるようになっています。しかし、「さわる小さな美術館」のデザインを担当した方のコメント「触るだけで何かが伝わるのではなく、そこから対話をすることが学びにつながる。」とあるように、庭園美術館には「ようこそ あなたの美術館へ」をキャッチフレーズに、誰にでも開かれ、クリエティブな対話ができる美術館を目指そうというスタンスがよく表れています。
そういうスタンスに基づいて庭園美術館は、様々な方々、障がいの有る無しに関わりなく、色んなワークショップを仕掛けてきました。その中で忘れられないのは4年前のワークショップ「もしもガレがガラス職人に手話で指示したとしたら」でした。企画展「ガレの庭」に関連して実施されたもので、フランスのガラス工芸家ガレが駆使した様々な技法を表すための新しい手話を作り出すのが目的です。 確かにガレの技法の名称は「グラヴュール」「パチネ」「サリッシュール」などとフランス語ばかりで、それらを聞くだけではどの素材でいかなる工程で製作が進められるか想像できそうにありません。作品キャプションにああいう言葉が並んでいるだけでもイラつきます。
当のワークショップでは、「仮に何十人もの職人が働く騒がしいガレ工房でガレが職人たちに技法名で指示するとしたら?」という設定で、手話をヒントに指示伝達するためのサインを考えて作ろう、という狙いです。聞こえない人、聞こえる人でも手話を理解できる方、逆に手話を知らない方と色んな参加者たちの混成でチームを作り、「アプリカッション」「マルケットリー」「アンテルカレール」という3つの技法名について、チームごとにディスカッションしながら技法を表すサインを作り上げました。かくして出来上がった各々のサインは手指、腕、ジェスチャーの組み合わせでシンプルに作業プロセスが見てとれるようになっています。例えば「マルケットリー」の場合は、柔らかい(表情で表現)ガラスの器(左手の甲)に固いガラス片(右手のひら)を押し付けて撫でて表面をなだらかにする動きを表現するサインです。
このワークショップの後、各地の美術館でガレの作品に接するたびに作品キャプションに技法名を見つけると自分の手指が自然に動いて、すぐさま職人がこの作品を作り上げる図がイメージできるようになってきました。これは「手話」がもはやコミュニケーション言語だけでなく、鑑賞ツールとしても充分使えることを知り、とても満足しています。聞こえる人にとっても「手話」とは何かを知るだけでなく、「手話」が作品技法の理解やアート鑑賞の助けになるのであれば、そのワークショップは上手く成功したものだと思います。
残念ながら、こういう類のワークショップは単発プログラムで終わったのですが、今後も類似するケースがある毎に同様なワークショップが行われることを願っています。