秋色が急速に深まりつつありますが、皆様にはお変わりございませんか?
さて、見ることや聴くことは、受け取る人がいて初めてそこに現れるという意味で、その人が語ることでもあり、その“語り” は人の身体の数だけさまざまに存在します。
東京都渋谷公園通りギャラリーで開催中の展覧会「語りの複数性」は障害者や故人といった当事者の感覚や記憶を、第三者であるアーティストや本人が受け取り、自身の“語り”を通して表現した作品を集めたユニークな展覧会です。
もちろん「音」「声」を視覚、触覚で鑑賞できる作品も展示されています。
聞こえない筆者が実際に鑑賞して、同じく聞こえない方々にもお薦めしたい作品を3点紹介しましょう。
①小林紗織のドローイング「私の中の音の眺め」
展示室の空間をうねるように展示されているドローイングは、ろう写真家齋藤陽道が主演する映画「うたのはじまり」の絵字幕の作者である小林紗織の手によるもので30mもあります。作者が音を聞いた時に浮かぶ情景、色彩や形が五線譜の上に描きこまれています。幾何学的なパターンもあれば生物のような図もあり、何の脈絡もなく次々と様々な図が流れていくように変わっていきます。このドローイングは作者の日常生活の音を描いたものだそうです。同居人の声、隣の部屋からの音、パチンコ店の音、時には音楽も巻き込ませているとのこと。。。ただし、各々の図についての説明は一切ありませんので、自分でイメージしながら誘われるように見ていきますと、ドローイングの紙がらせん状に巻かれた空間の中に入っていきます。そこでは人間の内面世界にも静かな音で満ちているようにも感じ取れます。
②山崎阿弥「長時間露光の鳴る」
上記①の紗織のドローイングがらせん状になっている展示室で、わかりにくいですが白い仕切りカーテンをめくって先に進むと右側が窓だけの何もない細長い部屋で、あまりの無機質ぶりに驚くかもしれません。実はその部屋そのものがアート作品です。左側の白い壁に手を当てると振動しています。作者の話によれば、作者が季節や天気ごとに渋谷を歩き回り、その場で聞こえてくる様々な音を録音したものを編集して、壁の裏側の2台の大きなスピーカーより流した音で壁が振動する仕組みです。手に伝わってくる振動で、音が1分半毎にピークに至り、しかも各々のピークで音が異なることがわかります。手のひらを突き刺すように高い音が束になったような感触、手を優しく包むような柔らかく広がっていく感触、前者には渋谷駅周辺の再開発、後者には代々木公園を連想しました。ここでお薦めなのは、壁に背中をくっつけてみること。体内に響き渡る振動のみならず、目前の窓から見えてくる向かいの雑居ビルや行きかう若者たち、車の往来によって、臨場感あふれる渋谷の喧騒をも堪能できます。
③百瀬文「聞こえない木下さんに聞いたいくつかのこと」
30分おきに上映されるこの映像作品は、聴者の作者、百瀬文がろう者の木下知威にインタビューする映像で、手話通訳をおかず、百瀬がゆっくりと話し、木下が読唇と発声で応答する形で進められますが、字幕がつきますのでろう者でも鑑賞できます。木下にとっての「声」の意味、会話を「ノイズ」や「穴のあいた手紙」という表現など、傾聴に値するシーンもあり、ろう者が読話することの大変さを知ることもできます。
この映像作品の文字テキストが用意されていますので、ろう者は映像作品を見終えてから受付スタッフに申し出て手に入れることをお薦めします。そのテキストを最後までお読み頂くとろう者のあなたは間違いなく驚くでしょう。人によっては不快と思われるかもしれませんが、この映像作品は半ばフィクションであり、百瀬独自のコンセプトが込められた実験的映像作品でもあります。これによって読唇の可能性、限界について考えさせられるとともに、ろう者の鑑賞者でも一杯食わされたと感じることもまた意外と面白いのです。アートですから。
「語りの複数性」展では、前述3点の作品も含めて、全体像を把握するための情報が予めないことが特徴です。完全に情報が揃っていないからこそ、想像する余地があり、鑑賞者それぞれの“想像力”によって、同じ作品から複数の、鑑賞者独自の体験が生み出されます。それがまた「語りの複数性」につながっていきます。
是非、「語りの複数性」を楽しんでみて下さい。
12月26日(日)まで。
開館時間
11時~19時
休館日
月曜日
入場料
無料
当展URL
https://inclusion-art.jp/archive/exhibition/2021/20211009-111.html